在来知と近代科学の比較研究

日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(A) 25244043

Methods

①フィールド調査班

本研究がフィールド調査を行う領域では、環境開発や資源管理の現場で在来知と近代科学が相互に接触して対立している。そのため、現在では、本研究で取り上げる在来知(イヌイト、アボリジニ、ブッシュマンの知識、マダガスカルの漁民の技術、タイの伝統的な水資源管理の技術、インドの民俗植物学の知識)については、文書による記録化をはじめ、数値化や地図化を通した記録と解析が進んでおり、在来知は従来想定されてきたように語りによってのみ媒介されて共有されているわけではない。また、科学人類学で指摘されてきたように、実験室やフィールド調査でのノウハウの共有などのかたちで、語りに媒介された知識の共有は近代科学にも見られる。

そこで、本研究でのフィールド調査では、それぞれの地域の歴史と現状の相違を架橋して在来知と近代科学における知識の共有プロセスを調査するための共通の発見的方法として、知識が組織化される方法と媒体に応じた次の三つのモードを設定する。

(a) 語りに媒介された実践コミュニティにおける共有のモード。
(b) 文書による記録と組織化のモード。
(c) 数値および幾何学的な図像による記録・解析のモード。

これら三つのモードが在来知と近代科学のそれぞれにおける知識と技術の共有プロセスでいかに組み合わせられているのかについて、①大村はカナダ極北圏の野生生物管理に関わるイヌイトの知識と近代科学、②菅原はボツワナの国立公園における野生生物管理に関わるブッシュマンの知識と近代科学、③窪田はオーストラリアのアボリジニの聖地をめぐる鉱山開発や観光開発などの土地利用に関わるアボリジニの知識と近代科学、④飯田はマダガスカル周辺海域の水産資源の利用に関わるヴェズの漁法と近代漁法、⑤森田はタイのバンコク周辺水域における伝統治水技術と近代的治水技術、⑥中空はインドのウッタラカンド州の生物資源データベース・プロジェクトにおける農民の民俗植物学的知識と近代科学の植物学的知識、⑦スチュアートは地球温暖化の影響によるグリーンランドの異常気象に対するイヌイトの知識と近代科学について、対象諸地域の政治・経済・社会的な力学と関係づけながら調査し、以下のことを明らかにする。

①在来知と近代科学の連続性と断絶の実相:
両者のそれぞれにおいて、三つのモードがどのように共存し、相互に結びついているのかを明らかにし、両者の間でのモードの組み合わせの共通性と相違を示すことによって、両者の連続性と断絶の実相を明らかにする。

②知識が正当で有効なものであると認められるプロセス:
両者のそれぞれにおいて、三つのモードのどのような組み合わせが正当で有効であると認められているのかを明らかにする。

③連続性から断絶が生じるプロセス:
三つのモードがそれぞれの地域の政治・経済・社会の力学と連動しながらいかに組み合わせられ、結果として、どのように在来知と近代科学の断絶が引き起こされているのかを明らかにする。

④在来知と近代科学を調整する方法:
三つのモードから成る知識の共有プロセスおいて、それぞれの利点を活かしながら両者を調整するために、どのような方法がありうるかを明らかにする。

②理論研究班

理論研究班では、上記の各領域でのフィールド調査の成果について、①人類学における在来知研究(大村とRoué)、②科学人類学(山崎とJensen)、③STS(科学技術論)(森田)、④科学哲学(近藤)、⑤相互行為論(菅原)、⑥情報科学(森)の六つの理論的立場から理論化を行う。まず、それぞれの分野におけるこれまでの研究に本研究でのフィールド調査班の成果を位置づけて評価する。そのうえで、フィールド調査班の成果という共通の対象をそれぞれの理論的立場から検討するとともに、その共通の対象を足場に相互の理論的立場に対して批判的検討を相互に行うことで、知識と技術の共有プロセスから在来知と近代科学をとらえ直す一般理論を構築する。そのために、理論研究班の分担者と協力者は、フィールド調査班の成果をそれぞれの分野で検討する研究を各自で進める。また、共通の対象に対するそれぞれの理論的立場からの理論化を相互に批判して検討するために年二回の班研究会を開くとともに、本研究での理論化を海外の研究動向に位置づけるために、理論研究班はRouéとJensen をコーディネーターに海外の研究者を招いて年一回のワークショップを開く。

③フィールド調査班と理論研究班の綜合とフィードバック

年一回の全体研究会で、フィールド調査班は理論研究班に調査の成果を提示し、理論研究班はフィールド調査班に理論研究の成果を提示することでフィードバックを行い、在来知と近代科学の関係について理論化を進めるとともに事例ごとの固有性を明らかにする。